大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
やられたな。
迦楼羅の奴、いったい何処から水鏡を使ったんだ。
龍族の記憶が戻ったのだろうか。
何故、天上界の水鏡の存在を知る。
そんなことを考えていると、ふとジュラのことを思った。
此処に来たばかりの頃、彼奴は天上界へ知らせると話していた。もしかしたら迦楼羅を利用したのか。
そんな筈はないな。
迦楼羅が利用されるような莫迦な真似をするとは思えない。
しかし青龍の治める東の聖域でもなく、どうやって水鏡を使えたのだろう…
このところ、迦楼羅はよく山の結界へ出かける。
「流石に、妬けるな」
「おや、露智迦が珍しいこと言ってる」
声のする方を見ると、伽耶が手土産持参で立っている。
今回は都へ寄るというので、珍しくなうらを連れて行った。
「帰ったのか。なうらは!?」
「おばあの様子を見に行くってさ」
相変わらず面白い子だ。
自分の子を育てることは殆んどないのに、おばあや長老の面倒はよく見ている。
「おばあに妬くお前の方が、ちょっと悲しいな」
「煩いよ」
都で買ってきたという、幾つかの魚の干物を焼くと言う。
外に出て、石組みの釜を作ると遊んでいた子供たちが集まってきた。
「待ってろ。今、焼いてやるからな」
伽耶はそう言って、器用に火を熾す。
待つ間、子供たちはまた林の方へ駆けて行く。
「迦楼羅は、リューシャンの記憶を持っていると思うか」
「俺は話してない。でも吉野の山にいた朱雀が亡くなった後、黄竜がいろいろ話していた。もしかしたら、その時に聞いたかもしれない」
伽耶は魚から目を離さずに、聞く。
「迦楼羅に何かあったか」
露智迦が立ち上がり、結界の山に向いた。
「龍族へ水鏡を使ったようだ」
流石に、伽耶が顔をあげる。
「それって、龍族が今よりも流れてくるということか」
さあな、と言って露智迦は言葉を切った。
魚を焼き、子供たちを集め食べさせる。途中で、なうらも戻ってきて大賑わいの食事となった。
「迦楼羅は」
片付けをしながら、なうらが聞く。
「いない」
「それは分かる。何処に行ったの」
「山へ」
そう言ったかと思うと、露智迦は笑って誤魔化した。
なうらは、それ以上は聞いてはいけないような気がして何も言えなくなかった。
「気にするな。最近、彼奴がいないこと多いんだ」
なうらが何か言おうとするのを伽耶が止めた。
「じゃ、帰る」
「あゝ、有難う」
相変わらず口喧嘩をする二人を見送りながら、露智迦は思わず笑ってしまう。
あれも一つの愛情表現だな。
部屋には子供たちが眠る。迦楼羅が子供を置いて、家を空けるのは珍しい。
きっと何かあるんだろう。
少なくとも、今度ばかりは聞かないわけにはいかない。
東の守り主として、どうして無断で水鏡を使ったのかを…。
しかし、それよりも迦楼羅が傍らにいない夜が、長く淋しいと感じる露智迦だった。
孤独は慣れるものだと思っていた。
でも、どうやら違うらしい、と近頃思うようになった。
「迦楼羅を失ったら、どうするだろうな」
ふと漏らした声に、迦楼羅が応えた。
≪私を独りにしたら許さない≫
「迦楼羅か」
≪今、帰る≫
その声を聞くだけで、幸せを感じる露智迦である。
「俺の方が、絶対弱そう…」
「大丈夫。露智迦は誰よりも強くてカッコいいよ」
見ると、迦楼羅が立っていた。
思わず抱き寄せ、押し倒した。
「夜は、まだ長いよ…」
そう言う迦楼羅の言葉を遮るように、唇をふさいだ――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】