大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
その日はあっけないくらい簡単に決まった。
サラの心が決まったわけではない。
天界から呼ばれたのだ。
ただ最初に聞かされた話では、往くのは天界ではなく“天”だとサラは云った。それなのに呼ばれたのは、天界だと云う。
あそこには白虎様がおられる。往けば会えるのだろうか。会うことができれば、少しは内情が分かるのだろうか。
サラは何も答えない。
黄竜という立場は独特なものだと聞く。
天界に黄竜の守る中央はない。あそこにあるのは、要という者だ。
なのに何故、サラを呼ぶ。サラは何故、自分を一緒に連れて往くと云う。
何も分からない。
ただ一つ、確かなことは迦楼羅たちと離れなければならないということだ。
舩を降り、竹林に佇む。
竹の動きが流れを呼び、さわさわと音を立てた。
≪迦楼羅。俺、近く天界へ往くよ≫
声を届けようと思ったわけではない。
ただ、その思いは強かったのだろう。
すぐに彼女が飛んできた。
「何故、こんな急に」
迦楼羅の顔に、何かの決心が見える。
≪露智迦なら、往かないと言っただろう≫
「でも連れて行って。でなければ運命に負ける」
迦楼羅…
「黄竜は、この土地の黄竜はどうなる」
≪サラが戻ってくると思う≫
「ジュラが戻ることは、ない?」
沈黙が流れた。
≪ごめん。俺にも、どうすることもできない≫
迦楼羅の背後に降り立った黄竜が云った。
「何故、天界がジュラを必要とする。あそこは天上界と繋がっていた場所で、切られたことを恨んでいるかもしれないのに。そんな所に何故、ジュラを連れて行く…」
迦楼羅は黄竜に突っかかるようにして、泣きながら訴えていた。
ひとしきり喚き泣いたところで、サラが彼女を抱き締める。
≪でも一つだけ約束してる。この土地の黄竜の後継はジュラだ。だから、その時が来たら必ず還してくれと話してある≫
「サラ。黄竜の立場は大切だ。人のためでなく土の神が呼ぶから。今の私ならそれが解る。でも…」
迦楼羅がそこでサラから離れ、ジュラを見た。
「ジュラの気持ちを無視するなら、私は黄竜を敵にまわす」
≪分かった。ジュラが望めば連れ帰る≫
迦楼羅の怒りにも似た感情は、ジュラを暖かい気持ちにさせた。
≪迦楼羅。もういいよ。俺は白虎様に会いに行ってくる≫
「白虎様…」
≪そう。天界で、お前が大好きな浮島の守り主だ≫
記憶の中にあるだけの、会ったことのない四神。
サラが云う。
≪白虎様に頼まれたんだ、ジュラを連れてきて欲しいと。だから、ジュラを手離す決心をする前に、俺は天界へ往く≫
「私は、ジュラと離れたくない。会ったことのない白虎に恩義は感じない。でも、決まったことを受け入れる術を心得ている」
「ジュラ。私は送らない。ただし露智迦を連れて行って」
≪それは無理だ≫
ジュラではなく、サラが答えた。
「どうして!」
≪彼と話した。迦楼羅の為に在る自分を否定するなと≫
どこまでも強情な露智迦。
迦楼羅は背を向けた。
「勝手に往け。此処には、もう来ない」
迦楼羅は、そう云って結界の樹である竹を燃やした――。
サラが、すぐに消したものの修復するには時間がかかりそうだ。
≪サラ。今夜往こう。折角の迦楼羅の心遣いだ。未練を引きずるのは性に合わない≫
≪了解≫
その夜。
闇の中、二頭の竜の天空へ向かって昇る姿が、郷からもはっきり見てとれた。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】