大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
足下を掬われるような、不安定な感覚。
その感覚を露智迦と迦楼羅の二人が二人共、感じていた。
穏やかな日々。
ジュラがいなくなったものの、サラが時折ジュラの様子を知らせてくれる。
迦楼羅に知らせようとすると、彼奴はそれを拒んだ。
知ってしまうと会いに行きたくなるからと笑っていたが、意外と本音かもしれない。
どういう訳か、話を聞くと自分も無生に彼に会いたくなるから。
そんな穏やかな日にあって、何故不安を覚えるのだろう。
近頃では、伽耶も郷を空けることが多くなった。
遷都の影響は本当に我等に関わってくるのだろうかと思っていたが、郷からも多くの者が離れて行った。
長岡への遷しの時は引き止めたものの、葛野への遷しでは誰も止めることはしなかった。
この地での四神の役割を、時の天皇は知っているのだろうか。
日の本は変わる。
葛野の名を持たぬ帝都。
海を隔てた外つ国は、更に強大な都を持つ。
文献を調べ、長岡での失敗を元に“平安京”と名付けた都。この先、永い時を都として生きることになる土地。
変わっていないようでも変わっている何かが、この不安を齎すのだろうか。
子らをあやす迦楼羅を見ると、いつまでもこのままこの暮らしが続けばいいと思う。
露智迦の視線に気付くと、振り返り微笑み、そして子らの世話に戻る。
「迦楼羅。葛野へ移るか」
それは先の視得ぬ迦楼羅には、突然とも言える言葉だった筈だ。
それなのに、コイツはただ微笑んで、いいよと答える。
「お前、本当に分かってるか」
「分かってるよ。露智迦が、そう決めたのならいい」
全く…
「朱雀の守りは、どうする」
「私は禽族ではない。古(いにしえ)の守りには縛れらない。そう言う露智迦だって青龍の証し持ってるくせに。水の脈(みち)、もう見つけてあるんでしょ」
そうだな。
「伽耶が随分前に言ったことがある。永く続く新しい都には、郷に関わる子のなかの誰かが暮らすらしい」
迦楼羅の表情はほんの一瞬変わっただけで、あとは何も変わらない。
「今でなくてもいいでしょ。いつか必要になったら、北の都へ移ればいい」
平安京…
この先、多くの血で染まる荘厳な都は、まだ一歩を踏み出したばかりだ。
「そうだな。いつか、その時が来たら其々の守りの土地へ行こう――」
それまでは、この穏やかな静けさのなかで残った者だけで暮らしていよう。
たとえ何かの予感に脅かされそうになっても、今はまだ平穏だからな。
「どの子が嫁ごうが、私には関わりはない。会いたければその子が来ればいい。それに南の土地を守るのは、まだ先の話だ」」
「嫁ぐ?」
「たぶん。露智迦の子ではなく、別の誰かの子が嫁ぐ」
何かを視たのだろうか。
しかし迦楼羅は、それきり口を閉ざした。
平穏はいつまで続くのだろう…
迦楼羅の様子を見守りながら、足下の揺らぐ予兆を感じとる露智迦である。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】