大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
伽耶が最初に、女を連れてくると言ったのは何時だったろう。
連れてくると言うばかりで、その気配も見せない女に、皆は安堵しながらも恐いもの見たさで、声をかける。
迦楼羅ですら、聞いて随分たった頃「振られたのか」と聞いたことがあった。思い切り笑い飛ばされたけれど。
その伽耶が、突然話があると言ってきた。
川の結界点の前には小さな家が建っている。
家そのものには問題がないが、近くに結界点があるということで誰も住むことのないように川の外側に建てた。つまり郷側でない外に。
当然、郷の皆は近づくことすらなく、家には伽耶だけが出入りをしていた。
その家に、女と住んでもいいかと…
余りの驚きに言葉を失い、我に返ると伽耶は目の前からいなくなった後だった。
いくら伽耶が連れてくる女とはいえ、大丈夫なんだろうか、と当時かなり心配したことを憶えている。
その女が、那宇羅だった。
人の中で長く暮らしてきた彼女は、とても面白い女だった。
まず、伽耶のことを嫌いだと毎日叫び走り回る。
次に、結界の中に簡単に入ってくると露智迦を見て笑った。
そして、名前…。本当の名を特別に思っていた。
どれを取っても普通ではないのに、彼女は誰よりも普通の人のようだった。
『露智迦の子だね』
郷に来て、最初に産んだ子が伽耶の子でなかった時も何も変わらなかった。
やがて伽耶の子を産んでも、変わらなかった。
そういえば、いつ頃から名前に対するこだわりが消えたのだろう。
何人、子を産んでも自らは育てず、皆と一緒に世話をする。
ある日、聞いてみた。
「伽耶との暮らしは、楽しいか」
と。
目は口ほどに物を言う。
「何も言わなくていい」
迦楼羅の方が、笑いをこらえ思わず答えてた。
「ずっと今のまま、みんなで暮らしたい」
那宇羅のその言葉だけは、真実だと感じた。
最近では、伽耶の仕事に付いて行くことも増えた。それは聞いた話では、ずっと昔、迦楼羅の父親がやっていたことだという。
人の市に出ても迷子になるわけでもなく、必要なものをきちんと工面して帰ってくる。
いつしか長も、那宇羅を頼りにするようになった。
那宇羅は面白い。
自分の子が何処で遊んでるか、さっぱり知らない。何人いるかも顔を見ても、時々間違う。
でも郷に必要なものを、ちゃんと分かっている。
「いつの間にか、誰よりも役に立ってるかもね」
そう言うと恥かしそうに笑う那宇羅を、皆が心から頼りにしているのが伝わってきた。
「いつか人との間に産んだ子を見に行くといい」
露智迦のそんな言葉に、彼女は苦笑する。
「会いたいと思った時に、考えればいいんじゃないか」
伽耶のそんな言葉に小さく頷く那宇羅を、露智迦もまた苦笑いして眺めている。
那宇羅は変わらない。
そんな彼女を我等は親しみをこめて、こう呼んだ。
『なうら』
と――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】