大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界44』
迦楼羅18〜嵐の前の静けさ〜

 静かに風が吹く。
 時は、ゆるやかに、しかし確実に過ぎてゆく。
 迦楼羅は、遷都の齎した人の世の動きに哀しみを感じていた。

 時は止まっていてはくれない。
 いつまでも、その姿を殆んど変えることのない者でさえも、郷を去った。
 露智迦が、子らを引き連れて山へ行った。
 いつ、此処を離れても憶えていられるようにと。

 迦楼羅の中で、龍の血が蠢(うごめ)く。
 それは、朱雀を継げというものなのか。
 天界へ往けというものなのか。
 今の迦楼羅には分からなかった。

 嵐が来る。
 今の、この静けさは、その直前の静寂だ。
 いったい何が起こるのだろう。
 未知の視得る露智迦には、何かが視得ているのだろうか。
 でも彼は何も語らない。
 この先に、何が視得ていても、決して教えてはくれない。だからこそ自分は、その瞬間まで、いつもと同じように暮らす。
 長や、おばあや、そして子等と…。
 そして、その時は確実にやってくる。

 はてさて、何が待っているのだろうか。
 何故、今のままではいけないのだろう。
 山では子らの笑い声が、木霊している。彼等が、大人になるまでの時を、飛鳥に留まりたいと望むのが我が儘になるのだろうか。

「迦楼羅。悪い知らせじゃ」
 振り返ると、おばあが立っていた。
「何」
「長の様子が… たぶん、近いうちに寿命を迎えるだろう」
「そうか」
 それは仕方のないことだ。
 どんなに長寿な我等とて、寿命はある。長は、まだ永く生きた方だ。
「後で露智迦に伝えておく。今は子らと山へ行っているから」
 おばあは、分かったと残し長の許へと帰って行った。
 あと何日。
 残された時は短い筈だ。そして、たぶん長を喪った、おばあの残っている時も、そう永くはないだろうと迦楼羅は感じていた。

 平城は、人にとっては決して良い都ではなかったのかもしれない。
 水に困り、天皇は僧侶の身分に泣いていた。
 それは難波でも飛鳥でも、そして藤原であった頃すらも変わらぬのかもしれない。
 ほんの一時、大津へと遷った時ですら、都の繁栄とはならなかった。
 しかし選び抜いた筈の長岡の都も長くはもたず、再びの遷都は更に離れた場所に在る。
 北の山には玄武、西には白虎。露智迦は、水の脈を見つけているだろう。ということは青龍は、すぐに平安の都へ飛べるということだ。
 嵐山の名を持つ山とを行き来する、伽耶の仕事も増えている。
 決心する時が近づいてきている、と感じる迦楼羅であった。
 嵐が何を意味するのか、何も分からぬまま時は過ぎていった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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