大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
静かに風が吹く。
時は、ゆるやかに、しかし確実に過ぎてゆく。
迦楼羅は、遷都の齎した人の世の動きに哀しみを感じていた。
時は止まっていてはくれない。
いつまでも、その姿を殆んど変えることのない者でさえも、郷を去った。
露智迦が、子らを引き連れて山へ行った。
いつ、此処を離れても憶えていられるようにと。
迦楼羅の中で、龍の血が蠢(うごめ)く。
それは、朱雀を継げというものなのか。
天界へ往けというものなのか。
今の迦楼羅には分からなかった。
嵐が来る。
今の、この静けさは、その直前の静寂だ。
いったい何が起こるのだろう。
未知の視得る露智迦には、何かが視得ているのだろうか。
でも彼は何も語らない。
この先に、何が視得ていても、決して教えてはくれない。だからこそ自分は、その瞬間まで、いつもと同じように暮らす。
長や、おばあや、そして子等と…。
そして、その時は確実にやってくる。
はてさて、何が待っているのだろうか。
何故、今のままではいけないのだろう。
山では子らの笑い声が、木霊している。彼等が、大人になるまでの時を、飛鳥に留まりたいと望むのが我が儘になるのだろうか。
「迦楼羅。悪い知らせじゃ」
振り返ると、おばあが立っていた。
「何」
「長の様子が… たぶん、近いうちに寿命を迎えるだろう」
「そうか」
それは仕方のないことだ。
どんなに長寿な我等とて、寿命はある。長は、まだ永く生きた方だ。
「後で露智迦に伝えておく。今は子らと山へ行っているから」
おばあは、分かったと残し長の許へと帰って行った。
あと何日。
残された時は短い筈だ。そして、たぶん長を喪った、おばあの残っている時も、そう永くはないだろうと迦楼羅は感じていた。
平城は、人にとっては決して良い都ではなかったのかもしれない。
水に困り、天皇は僧侶の身分に泣いていた。
それは難波でも飛鳥でも、そして藤原であった頃すらも変わらぬのかもしれない。
ほんの一時、大津へと遷った時ですら、都の繁栄とはならなかった。
しかし選び抜いた筈の長岡の都も長くはもたず、再びの遷都は更に離れた場所に在る。
北の山には玄武、西には白虎。露智迦は、水の脈を見つけているだろう。ということは青龍は、すぐに平安の都へ飛べるということだ。
嵐山の名を持つ山とを行き来する、伽耶の仕事も増えている。
決心する時が近づいてきている、と感じる迦楼羅であった。
嵐が何を意味するのか、何も分からぬまま時は過ぎていった――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】