大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
彼が本来の姿に戻り、空を飛んだ――。
東海龍王。どの長老よりも長く生き、そして守ってきた天上界を彼が離れた。
お待ち下さい、という声が聞こえなかったわけではない。
それでも往きたかった。
天上界が、どうなってしまうのか。考えてしまったら往くことはできない。
だからこそ何も考えず、ただザキーレの匂いのする方へと跳んだ。
人は、これを奇蹟と呼ぶのか。
露智迦と名乗っていた彼は塵と化すこともなく、迦楼羅と名乗った女の腕のなかに居た――。
迦楼羅の精神はもたなかったのか。
それとも、再びシヴァの元へと行ったのか。
ただ露智迦の体を腕に抱き、一面の血の海の中に座り込んでいる。
≪ザキ。お前の灰を連れて還ろうと思ったが、それはできそうにないな。何故、その体を保っているのか。考えれば、すぐに分かる。リューシャンの望み通りに、この地に埋めてやろう≫
その言葉が届いたのか。
迦楼羅が、こちらを向いた。
≪露智迦が何を望んでいたのか。我は知っている≫
お前も共に埋めてやろう、と云おうとしてとどまった。
リューシャンではない迦楼羅は、この地の土に還るのは当然なのだから。
≪露智迦の血を吸った土に人が近づくことのないように、このまま其処に沈めろ≫
遠く、空間を隔てた処から声が届く。
シヴァか。否、ヴィシュヌだろうか。
≪迦楼羅はどうする≫
≪もはや、そやつは抜け殻でしかない≫
神の声に従って、露智迦を取り上げる。
すると確かに、黙って彼を譲ってしまう。
迦楼羅…
≪東海龍王。露智迦の亡骸を葬ってくれたなら、天上界を留守にした咎は目を瞑ってやろう≫
そう云うと、神の怒りが辺りを蔽い始めた――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】