大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界49』
迦楼羅20〜抜け殻〜

 心を閉ざしてしまった。

 誰の目にも、そう映った。
 迦楼羅は、露智迦を喪って、抜け殻と化した…と。
 しかし不思議なことがある。
 多くの郷人は、露智迦の死の姿を見ていなかった。
 なのに口を揃えて、露智迦は死んだと言う。
 何を聞いても、迦楼羅は答えない。
 それでも露智迦が、もういないことだけが確かだった――。

 おばあが、迦楼羅を連れて行った。伽耶が、露智迦と暮らした家にいては辛いだろうと言ったからだ。
 伽耶は黙って見守るしかない。
 あの時、白虎の声で、天上界の龍王が降りてきたことを知った。急ぎ駆けつけると、そこには見知らぬ生き物が在った。
 そして一時、結界を張り、王自らが露智迦の体躯を埋めている。

≪お前は誰だ≫
「伽耶。露智迦は友だ」
 それを聞くと、龍王は頷く。
≪天界の者か≫
「はい」
≪ならば頼みがある。白虎様から露智迦の魂魄を受け取り、此処に埋めて欲しい。さすれば、露智迦は天界とも、天上界とも縁が切れる。今度こそ、完全に我の手から離れる≫
 伽耶は、その龍王の言葉を聞き、息をのんだ。
 何も言えず、立ち尽くしていると龍王が云った。
≪我は、間もなく天上界へと戻らねばならぬ。後を託したい≫
 伽耶には、返事ができなかった。

 そこへ、ゆらりと白虎が現れた。
「白虎様…」
≪東海龍王よ。後は引き受けよう。もう戻れ≫
 直後、彼の姿は地上から消えた。
≪迦楼羅を連れて行くことはせぬ。シヴァも、それを望んだ。此処に露智迦の全てを埋める。それだけだ≫
 そう云って、首に提げた巾着を下ろす。
 鈍く光るその珠は、露智迦の魂魄か。
「何故、こんなものが体から離れている」
 しかし、白虎は答えなかった。
「リューシャンか…」
 その言葉にも、何も答えはない。
 たぶん、白虎は伽耶の知りたいことには、何も答えてはくれないだろうと察した。自分は、天帝のものだから。
「後は、引き受けた。この地に祠を建てる。人を遠ざける為に」
 そう言った伽耶の言葉に、漸く白虎は小さく頷いたように見えた。
 そして現れた時と同じように、ゆらりと空間が揺れ彼は消えた。

 迦楼羅を呼ぶ。
 振り向く彼女に、伽耶の本当の言葉は届かなかった――。

 いつの間にか、また、迦楼羅が郷から抜け出したという。何度も何度も繰り返す、失踪。
 おばあの足では捜せない。
 その度に、伽耶が迦楼羅を捜しにゆく。そして名を呼んだ。
 伽耶を認識しているのか、いないのか。それも分からない。
 ただ見つけた迦楼羅に声を掛ける。
 すると、迦楼羅は付いてくる。
 今は、それだけでいいと伽耶は迦楼羅の手を取るのだった。
「迦楼羅。郷に戻ろう」
 その言葉に対する返事のように、露智迦にしか見せなかった極上の笑みを、伽耶に向ける迦楼羅である。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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