大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界53』
露智迦11〜魂〜

 此処は、何処だろう…
 それより、今のこの感情は何だろう…

 混沌とした中に在って、ただ静かだ。
 まるで体を持っていた頃のように。
 存在を、誰かに優しく抱かれているようだ。否、この感覚も変な感じだ。
 そう。
 まるで迦楼羅という空気の中に、漂っているような…
 穏やかな刻み。

≪シヴァがリューシャンを気に入ったと聞いた時、天界はシヴァを味方に付けたのだと思った≫
 そう云った声が、突然聞こえてきた。
≪しかし、それは違った。シヴァはリューシャンを天界から解き放してやりたかったのだ、と後で気付いた≫

 その言葉はヴィシュヌのものだと分かる。
 しかし何故、その声が自分に届くのだろう。この意識は、何なのか。
 露智迦には理解のできないものだった。
 リューシャンの封印は、時を少しだけ停めたに過ぎない。
 自分は塵となり、風化するように消える。

≪まだ気付いていないのか≫

 気付く?
 何を…

≪お前は人になるんだよ。浮島の白虎が、龍族の長、東海龍王に、お前を地上界に埋めるように云った。そして伽耶が、白虎から届けられた魂魄を一緒に地上に埋めたんだ。そして彼が、天界とも天上界とも縁が切れると話したそうだ≫

 人になる!?
 そんな莫迦な…
 自分は死んだ、迦楼羅を庇って。

≪そうだな。そして人は生まれ変わる、魂の休息を終えたら≫

 生まれ変わる…
 俺が…!?

 刹那。
 意識が形をとる。
 俺は生まれ変わる。

≪その魂が充分に休んだら、再び生まれるだろう。今度はちゃんと人として。縁があれば廻り逢う。誰と云わなくても分かるな≫

 ヴィシュヌ神。
 何故、俺なんかを…

≪シヴァがリューシャンを見守ると決めた時、ワタシはシヴァの想いを大切にしてやりたいと思ったのだ。ワタシも迦楼羅を見守っている≫

 この世を司る最高三神。その内の、お二方までもが迦楼羅を見守る。
 そして自分も、その渦の中に在るということか。

≪いつか二人の縁が、周りの宿命に勝てた時、再び時は廻り始める。今度は露智迦という名も、迦楼羅という名も関係のない処で≫

 それはまだ、迦楼羅の腕に抱かれているような今の時間を、迦楼羅の匂いの中の空間を、このまま漂っていてもいいということか。

 人…
 迦楼羅は人だ。
 人も、まんざら捨てたもんじゃない。
 そうだな、迦楼羅…

 いつか…
 いつか必ず、また出逢う――

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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