大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界54』
迦楼羅21〜「つゆちか」〜

 無意識に露智迦の姿を捜す迦楼羅。
 夜毎、空を舞う朱雀の迦楼羅。

 それが、ある夜。
 突如、止まった。

 真っ赤に燃えた龍形の、迦楼羅の飛行線が何処にも見えない。
 伽耶が空を見上げた――。

 すると飛鳥の山の遥か向こうに、迦楼羅が浮かび留まっている。
 何処か、遠くを見つめているような彼女の姿が其処に在る。
 伽耶は、そのまま迦楼羅が消えてしまうんじゃないかと思った。そのくらい、人を超えた何かがあるように見える。

「伽耶」
「おばあ。出てきて大丈夫か」
 おばあは近頃、めっきり弱くなった。
 多くの者が郷を離れ、新しい都へ行くと言う。普通の人として暮らすだけだと言う彼らに、何を云ってももう届かない。
「迦楼羅はどうした」
「分からない。ただ、ああして天空を仰いでいる」
 おばあは、その姿を認めると首を横に振る。
「仕方がない。もし迦楼羅がそれを望むなら」
「おばあ!」
 おばあは、それ以上は何も云わず去った。

 改めて迦楼羅の浮いている方を見る。
 すると、その視線に気付いたように迦楼羅が飛んで戻ってきた。
 安堵が、全身から力を奪った。思わず、その場に座り込む。
「迦楼羅。お前、ここにいるの苦しいか」
 でも彼女は何も答えない。

「露智迦のところに、逝きたいか」
≪つゆ…ちか…≫
「あゝ」
≪私は、生きる。露智迦が生きろと云ったから≫
 そう言った迦楼羅の瞳が、金色(こんじき)に輝いた。
「そっか。あいつ、生きろって言ったのか」

 なら迦楼羅は生きる。
 誰かのためでなく、露智迦の為だけに。
 彼奴の匂いの残る、この地上界で――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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