大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
空は晴れ渡り、白い雲が風に乗る。
また春がきた。
一番好きな春。
そして露智迦の逝った春。
「仕度できたか」
そんな伽耶の言葉が耳に届く。
すでに殆んどの郷の者は、飛鳥を離れた。
長岡の都から葛野の地へ遷り、今度こそ都としての働きを始めた。まだ多くの処で工事を続けていると聞くが、この都を平安と名付けたことは桓武帝の一番の決断だったろう。
朱雀と露智迦を埋葬した場所を移すつもりはない。
時折、飛鳥へ来ればいいのだから。
吉野の桜は今が盛りと咲き誇る。だから露智迦も寂しくない。
桜の次は、躑躅が咲く。花は咲き続ける。そして再び春がきて、また桜が花をつける。
「迦楼羅」
声のする方に振り返ると、伽耶が不安そうな顔を見せる。
「残るか、ここに。龍牙と一緒に」
そう言われて、迦楼羅は漸く笑顔を見せる。
「行く。平安京の朱雀門は私の縄張りだ」
そうだな、と頷く伽耶と、共に葛野の地へ行くという龍牙がいた。
まだ先のことは考えられない。
でも、ひとつだけ分かっていることがある。
≪私は生きる。ちゃんと生きて、ちゃんと死んで、そして転生する≫
そうだよね、露智迦…
「じゃ、行くか」
そう言って伽耶が荷物を肩に背負う。
「迦楼羅。一人で跳んで行くなよ。俺は、跳べないんだからな。暫く、超常力は禁止」
迦楼羅が、え〜っと頬を膨らます。
「龍牙も同じ。超常力なくても、困らないから。ちゃんと足で歩いて行くこと」
「俺も〜!?」
そう言いつつも、龍牙は笑っている。
「子供たちが待ってる。行こう」
三人は、飛鳥の山を下り始めた。
山桜のざわめきが、別れを惜しむかのように鳴る。
「私は一生、この桜を忘れない。この先、暮らす山郷にも必ず桜を育てるから」
一際、立派な樹に近寄り、幹に触れる。桜が応えてくれているのが分かった。
「この先も、ずっと桜のなかを葛野まで行くんだ。ほらな、歩いた方が楽しいだろ」
そんな伽耶の言葉に、思わず吹き出す二人であった。
「それ、今思いついただろ」
龍牙の言葉に、ばれたかと髪をかきあげる伽耶だった。
露智迦を忘れるわけではない。
否、何があっても忘れない。
ただ、これから生きてゆく中で、笑い声があってもいいと思えるようになった。
「桜見物しながら、嵐山まで歩くんでしょ。この調子じゃ何日かかるかな」
迦楼羅が二人の肩を抱き寄せた。
「今は亀だからな。せめて、もう少しちゃんと歩くか」
伽耶がそう言って、傾き始めた日に向かい足を速め歩き出す。そして龍牙と迦楼羅も、その後に続いた――。
その三人の背に、飛鳥の山からの贈り物のように、桜吹雪が降りそそぐ。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】