大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
伽耶は、誰からも慕われ、そして長からの信頼も篤かった。
しかし、この人懐こい性格は作られたものだ。
本来は、人の世の者にあらずと言われることを恐れていた。
怯えは、彼を悲しくさせる。そんな時、彼は山の奥にある天界との滝の近くの杜へ行く。
人の入れぬ結界の杜。
そこだけは、どんな顔をしていても静かに受け入れてくれる。
杜の大きな一本の木は、伽耶にとって親も同然だった。
樹齢何千年、数えることもできぬほどの年月を伽耶よりも永く生きている。
だからこそ、何かあれば伽耶はこの大木の幹に身を寄せた。
あれは確か、郷に来て数年が経った頃のこと。長から独り立ちする気はないかと言われた時だった。
人にあらず、と普段から思っている伽耶にとって、独りという立場は脅威でしかない。
まさか、そんな風に思っているとは夢にも思わぬ長だったが、その時も伽耶は一人山へ入った――。
暫く幹に背をあて、座り込んでいた。
その時だった。
天界とを繋ぐという滝が、逆流するように巻き上がった。
「何だ…」
刹那、滝に映るように視得たのは、それまで見たことのないリューシャンの姿だった。
「何があった…」
ただ、今の伽耶にとって、人の世に未練はなかった。
天界へ往こう。
許しがないまま滝に入るとどうなるか。そんなことは知らなかった。
ただ、もし無事に天界へ着けたなら、リューシャンを連れ出そうと思った。
生ける屍のように映った彼奴を、放っておくことはできない。
リューシャンが天界に来たばかりの頃。
宮殿の屋根から落っこちてきて、思わず受け止めたのが出会いとなった。
屈託無く、昼寝をしていたと言う彼女に、二人で大笑いをしたのだ。
伽耶は、その頃小角の里にいて、人の世と天界を今よりもずっと往き来していた。
天帝は気に入ったリューシャンを手元に置こうとしたが、結局、やる事為す事裏目に出て彼女に嫌われたと嘆いていた。結果、彼女は浮島に上がった。
それでも天帝以外の誰が、リューシャンをあんな姿にできるというんだ。
天帝が何をしたのか。それは分からない。
ただ、あのリューシャンが、精気を失うことなどありえない。
人の世に、二度と戻れずとも構わない。そんな思いで滝に入る。
宮殿にいる筈のないリューシャンが、宮殿に居る。
それだけが、全てだった。
天帝に創られて、すぐに落ちてきたという神苑の湖。
もし、自分に何かの思いがあるのなら、力を貸してくれ。
そう願った伽耶の思いは、金の海へ流れ込む河に繋がったことで叶うこととなった――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】