大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界52』
伽耶5〜人の世〜

 伽耶は、誰からも慕われ、そして長からの信頼も篤かった。
 しかし、この人懐こい性格は作られたものだ。
 本来は、人の世の者にあらずと言われることを恐れていた。
 怯えは、彼を悲しくさせる。そんな時、彼は山の奥にある天界との滝の近くの杜へ行く。
 人の入れぬ結界の杜。
 そこだけは、どんな顔をしていても静かに受け入れてくれる。

 杜の大きな一本の木は、伽耶にとって親も同然だった。
 樹齢何千年、数えることもできぬほどの年月を伽耶よりも永く生きている。
 だからこそ、何かあれば伽耶はこの大木の幹に身を寄せた。

 あれは確か、郷に来て数年が経った頃のこと。長から独り立ちする気はないかと言われた時だった。
 人にあらず、と普段から思っている伽耶にとって、独りという立場は脅威でしかない。
 まさか、そんな風に思っているとは夢にも思わぬ長だったが、その時も伽耶は一人山へ入った――。

 暫く幹に背をあて、座り込んでいた。
 その時だった。
 天界とを繋ぐという滝が、逆流するように巻き上がった。
「何だ…」
 刹那、滝に映るように視得たのは、それまで見たことのないリューシャンの姿だった。
「何があった…」
 ただ、今の伽耶にとって、人の世に未練はなかった。
 天界へ往こう。
 許しがないまま滝に入るとどうなるか。そんなことは知らなかった。
 ただ、もし無事に天界へ着けたなら、リューシャンを連れ出そうと思った。
 生ける屍のように映った彼奴を、放っておくことはできない。

 リューシャンが天界に来たばかりの頃。
 宮殿の屋根から落っこちてきて、思わず受け止めたのが出会いとなった。
 屈託無く、昼寝をしていたと言う彼女に、二人で大笑いをしたのだ。
 伽耶は、その頃小角の里にいて、人の世と天界を今よりもずっと往き来していた。
 天帝は気に入ったリューシャンを手元に置こうとしたが、結局、やる事為す事裏目に出て彼女に嫌われたと嘆いていた。結果、彼女は浮島に上がった。
 それでも天帝以外の誰が、リューシャンをあんな姿にできるというんだ。

 天帝が何をしたのか。それは分からない。
 ただ、あのリューシャンが、精気を失うことなどありえない。

 人の世に、二度と戻れずとも構わない。そんな思いで滝に入る。
 宮殿にいる筈のないリューシャンが、宮殿に居る。
 それだけが、全てだった。

 天帝に創られて、すぐに落ちてきたという神苑の湖。
 もし、自分に何かの思いがあるのなら、力を貸してくれ。
 そう願った伽耶の思いは、金の海へ流れ込む河に繋がったことで叶うこととなった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


「金の海」著作:李緒
*其々のエピソードが隙間を埋めてくれます*
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