『祭囃子』

第二章「秋祭り」

13

「よく僕のことがお判りになりましたね」
 まずは正直に思ったことを口にした。

「よく似ています。宮子は貴男の中に母親の面影を見つけたのかもしれません」
 彼の言葉にはわだかまりがなかった。何故だろう。俺は口に出してはならないと思っていたことを、つい言葉にしてしまった。
「山科さん、俺のこと知ってるんですか」
「光人君の忘れ形見ですね」
 その淀みなく答えた彼の言葉に、俺は堪えきれず泣き出してしまった。そんな俺の様子を見て、傍らにやってくると背中に手を廻し、
「やはり場所を変えましょう。部屋を取ってあります。そちらへ」
 なす術もなく俺は部屋へと連れていかれ、落ち着いた所で改めて彼に詫びを云った。
「失礼しました。今まで聞かされていた人物とは別人なので、かなり戸惑っています」
「でしょうね。仕方のないことだ。お聞きになったでしょう、妻の事」
 彼は、ロビーにあったソファとは比べ物にならない立派なソファに体を預けた。テーブルに自ら置いた缶コーヒーを手に取ると、彼自身気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐く。
 スィートとは云わないが、かなり広い部屋だった。その部屋の大きさが意味もなく気持ちを落ち着かせてくれる。今は、この部屋を取っておいてくれた彼に素直に感謝したい。俺の前にも置かれた缶コーヒーに手を伸ばす。
 すると、それが合図だったかのように彼が言葉を掛けてきた。
「今日は何時間でもおつき合いしますよ。何でも聞いて下さい」
「有難うございます。では遠慮なく。山科さん、何故、宮子が実子でないと判ったんですか。いえ、いつ判ったんですか」
 彼は小さく頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「宮子が幼稚園の時です。兄妹揃って因果な話ですが、光人君と同じ病気を発症しました。幸いなことに母親から移植を受けて宮子は完治したんですが、その時宮子の血液型がO型だと知らされました。私の子でないと知ったのは、その瞬間です。私はAB型ですからO型の子は出来ません」
「じゃあ、何故今になって宮子に話したんですか」
「妻の遺言でした」
「遺言?!」
 精神病院に入院していたんだよな。遺言なんてあるのか?!
「はい。光人君を山科の墓に入れなかった。それも妻が決めたことでしたが、光人君のいない墓には入りたくないと。前の旦那さんの家とは再婚した時に絶縁してましてそちらに頼むわけにもいかない。かと云って今更光人君の墓に入れてくれとも云えない。だから献体に出してくれと。そして宮子にも真実を伝えてくれと。ただ場所が悪かった。私の子供たちに聞かせたくないばかりに、それだけであんな処で話してしまった。話を全部聞く前に宮子は飛び出して行ってしまった。妻をほって追うわけにもいかず行き先も掴めない。昨日、貴男から連絡をもらった時はあらゆる神に感謝しました」
 そう云いながら、彼は頭を下げた。
「やめて下さい。それより続き、がある?!」
「ええ。これまで通り私の子として暮らすのだと云う心算でした。他の誰にも秘密は明かさない。正直云って三人の中で宮子が一番可愛い。血の繋がりなんてどうでもいいんです。でも私が宮子に近づくことを妻は許してくれなかった。ご覧の通り私は貴男たちとは全くタイプが違う。嫌だったんでしょう。何もかも承知で貰った妻です。どうすることも出来なかった──」
 あゝ確かにタイプは違う。云ってみれば彼は昔ながらの男気のある二枚目だ。比べて俺は、女に間違われる程の優男というところだろうか。父と俺は瓜二つだというから父も彼とは正反対のタイプだったといえよう。
「山科さん。俺は父の顔を知りませんが比べるものではないと思います。男は顔じゃないと云われて育ちましたから。少し表現の足らない愛し方をされただけではないでしょうか。本当に嫌だと思う人間と結婚するとは思えないんです」
 この人は、この人なりのやり方でずっと奥さんを愛してきたんだ。そんな愛し方もあるんだと俺は少し驚いていた。そして彼もまた暫時、驚きの表情を浮かべていた。
「宮子にボーイフレンドができたと知って、失礼だとは思いましたが少し調べました。その時、貴男が光人君の忘れ形見だと知りました。恨んでおられるでしょうね、私のことを。今なら妻を引っ張ってでも上京するべきだったと思いますが、光人君との約束をやぶれなかった」
「父さんとの約束?!」
 そんな話は初耳だった。

著作:紫草

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