『愛しい想い』

vol.21

「種明かしが必要だね。でも今更、キャンセルは出来ないよ」
 車椅子の上で、ジタバタする私を優一が笑う――。

 煙草を吸いたいから、と言う優一に伴い、二人で中庭へ出てきた。
 廊下を通る時、いつもの二人にもかかわらず、やたらと声を掛けられた。何が違って見えるんだろう。
「魅子の顔がニヤケてるからじゃない!?」

 ひどい…
 でも確かに、そうかもしれない。さっきから笑いが止まらない。

「優一」
「ん?」
「聞きたいことがあるの」

 中庭へ出たところで、私は、そう切り出した。
 すると彼は、種明かしが必要だと言い出す。
 種明かし… 何を聞かされるのか。今更、ちょっとやそっとじゃ驚かないけれど、ね。

「女の人のこと。教えて。単なる、お店のお客さんじゃないよね。携帯渡しちゃうんだから」
 優一がオイシそうに煙を吐き出す。
 お願い、風下に行ってくれ。
「俺って抜けてるから、あの女に下心があるなんて考えもしなかった。携帯は偶然、同じ機種だったんだ。擦りかえられたんだろうな。店にいる短時間でも、設定変更は可能らしかったし」
 ちょっと待って。
「暗証番号を知らなければ、無理でしょ」
「魅子、忘れたの? 俺の暗証番号」

 あ!
 だから、あれほど言ったのに。
 優一の暗証番号は、購入時のままだった。そして、それは結構有名な話だ。

「魅子が救急車で運ばれたって知らせを受けた時も、ちょうど店にいたんだ。あの女も来てた。営業時間外は止めてくれって言ったのに、前のオーナーがいいって。遠山から連絡が入って、慌てて出て行こうとした俺に言ったんだ。あの女じゃ、相応しくないって。だから縁を切ってあげたんだから行かない方がいいって――」

 頭の中の霞が、ゆっくり晴れてゆくのを感じた。
 何かが、出てくる。きっと私の記憶が表に出たくて、右往左往してるんだって思った。
「その時の俺は、何の話をされてるのか、さっぱり分からなかった。ともかく女の手を振り切って病院へ行くと、魅子が…」
 そこで口篭ってしまった優一。俯いて二本目の煙草を取り出す優一。

 あ〜、そうだ。
 何もかも思い出した。
 携帯が、かからなかったんだ。

 たかがそんなこと、と言われるかもしれない。
 でも、あの時の私には、天地が引っくり返ってしまうくらいの出来事だった。だって私は、あんなメッセージがあることも知らなかったんだから。

 何を思ったのか。
 それは今の私にも分からない。
 でも私は、窓へ向かったね。
 そして窓を乗り越えて、そこに床が存在するように歩き出した。私の部屋の三階の窓からの空中。落ちてゆく最初の数秒間しか憶えてないけど、決して自殺するつもりじゃなかった。何となく歩き出しただけ。

 きっと事故のショックじゃなく、優一に逢いたくないという想いが、私の記憶を消してしまっていたんだ。
 でも、こうして蘇った。
 今、目の前にいる優一を、漸く本物だと思うことができた。

著作:紫草

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