第一章

14

 そして、翌日。
 桃子は愛実の進言を守り、下駄箱を開けることをやめ、ロッカーの方は担任の佐久間に開けてもらった。中からカップラーメンが出てきた時は、流石に落ち込んだ。佐久間が眉間に皺を寄せる。
「こりゃ、使えんな」
「結構です。ロッカーは使いません」
───それが、いいだろう。
 廊下を、心地よい声が響いた。ざわめく教室の中の女たち。
 桃子と佐久間が声のする方へ目を向けると、桔梗と菖が近づいてきていた。

「桃子、大丈夫か?」
 桔梗が、桃子の傍らで囁く。
「はい」
 と桃子も小声で答えた。すると、
「おい! 桔梗」
 と菖が桔梗を呼ぶ。
 見ると、菖が何かを促すように桃子を見ている。気づいて桔梗が慌てて紹介をする。
「あっ。十文字桃子だ。彼女は、そのぉ、何だ、友だちだ」
「ふ〜ん。俺、二年一組、桔梗も一緒だよ。京極菖。よろしく」
 菖の右手が桃子に向かって差し出されると、後ろで悲鳴が起こった。そして、桃子がその手を握ると悲鳴は更に大きくなる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 菖は、桃子に向かい微笑んだ。
(いい子じゃないか。流石に見る目は確かだな)
 その様子に、若干嫉妬の混じった桔梗は、
「はい、これ」
 と大きな紙袋を差し出す。
(えっ、教科書!?)
「貰ったヤツ、どうせ使い物にならないだろ。俺もう、いらないから」
「藤村さん、ありがとうございます」
「菖に言われたんだ。俺じゃ、気づいてやれない」
「それでも、こうして持ってきてくださいました。嬉しいです」
 そんな光景に安堵したように、佐久間が言う。
「十文字、俺は授業だ。お前たち、フケるのか?」
「まさか、出ます」
 と慌てて桃子が教室へ入ろうとすると、
「いいじゃん。フケようゼ」
 と言う菖に、桃子の腕は捕まっていた。
「京極さん、私は皆より遅れて入ってきたんです。サボれません」
「よっく言うよ。うちの編試、満点だったんだろ」
 その言葉は、多分、教室中に聞こえただろう。菖の声はよく通る。佐久間が、うるさい!と怒鳴っていた。桃子は半ば諦めの境地で、二人の後に従った‥。
(全く、何てこと言ってくれるのよ。そんな筈ないでしょう。だいたい、私が知らない点を、何故京極さんが知ってるの?)
 まだ、菖の素性を把握していない桃子なのであった。

「何かあったら、ここにおいで」
 棟が変わり、入り組んだ廊下の果て。そこには『生徒会室』というプレートがかかっていた。桃子は、不思議そうな顔をして尋ねた。
「ここに、ですか!?」
「別名菖ルームだ」
 桔梗が、おどけてそう言った。
「はぁ〜、京極さんって凄いんですね」
「当たり前だろう。俺を誰だと」
 バタン!
「菖〜」
 と言う元気な声とともに、女の子が飛び込んできた。いつもとは違う雰囲気に、目ざとく気づく。
「ありゃ?」
「よ」
「珍しい、桔梗君が女連れてるぅ」
「うるさいよ」
 そんな言葉には、耳も貸さず、
「私、平摩子。二年A組、よろしく〜」
 と右手を差し出される桃子。
(…)
 余りに展開が早くて、ついていけない。
「あ・く・しゅ!」
 と無理矢理右手を掴まれる。
「でっ?」
「えっ?」
「名前」
「あゝ、十文字桃子です」
「とうこちゃんね。私のことは、まこって呼んで」
「はい」
 次第に声が小さくなっていく…
「何、私、怖い? ねぇ、菖、私怖い!?」
 菖が、握り拳を作って答える。
「すんげー恐い!」
「ひど〜い。ね、桃子ちゃん、私ってコワいの?」
(本人に聞かないでくれ)
「いえ、そんなことは・・ないです」
「よかったぁ。で、みんなでサボり?」
「桃は、苛めに遭ってんの」
「!? 桃って何?」
 それ、と桃子を指さす菖。あ〜、と摩子が頷く。
「佐久間が何とかするだろう。それまで、サボり」
「じゃ、私もサボる」
「単位大丈夫か。この前サボったばっかだろ。デキが悪いんだから、あんまりサボるな」
「うん。あれ、駄目かも〜調理実習だった。戻るね。後でお料理持ってくる。じゃ桃子ちゃん、またね。チュッ」
 バタン。
 がたん。
 バタバタバタ。
 どったん。

「おい、大丈夫かよ」
 凄まじい音とともに摩子が去り、もう一つの音の出所を見ると、桃子が青い顔をして桔梗の腕の中で震えていた・・。
 それを見て、菖は、
「桔梗、俺も教室戻るわ」
「あゝ。悪いな」
「ゆっくりしてこい。どうせ授業に出なくても、桃には支障はない」
 こうして生徒会室には、桔梗と桃子が残された。
 桃子の様子が一変したのは、何故なんだ。
 桔梗は、桃子の体を抱きしめながら、ずっと考えていた・・。

著作:紫草

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