第一章

一番

17

 六月。ずらっと貼り出された中間テストの結果一覧表。
 多くの生徒が、そこに群がっていた。そこには全ての生徒の全ての教科の全ての点数が載っている。

「ほんとに優秀なんだよな〜」
 と結果を見て菖が言う。
 一年のトップは、桃子がぶっちぎっていた。
 そして数分後、生徒会教室。そこには珍しく、桃子が一人で待っていた。

「何?」
「えっ?」
 桃子は、自分の顔をじっと見ている菖が、いつまで経っても何も言わないので、自分の方から聞いてみたのだった。
 しかし、菖は話があるわけではなさそうだ。
 再び読んでいた本に目を落とす。
「結果」
 菖が言う。桃子は改めて菖を見る。
「結果、出てるよ。見ないの?」
 桃子は怪訝そうに菖を見た。そして、
「何の?」
 と聞く。
「中間の」
「テストの結果が、何処に出てるの?」
「もしかして、結果貼り出された事知らないの」
 桃子は、たっぷり悩んでいるように見えた。菖はあえて言葉を足さず、桃子に時間を与えたように待っていた。
「貼り出された?」
「全校生徒の結果。点までバッチリ」
「ふ〜ん。でも、いい」
 今度は、スパッと答える桃子。
「どうして?」
「過去は振り返らない」
「すげっ」
「京極さんは見たの?」
「うん」
「で?」
「一番」
「凄い! 立派ですね、ここ偏差値高いから。おめでとうございます」
「桃もだよ」
(?!)
 小首をかしげ、
「どうやら、余程、調子の悪い生徒が多かったのでしょう」
 その時。
「菖〜」
 と相変わらず、元気な摩子が入ってきた。
「何番だった?」
「一番」
 と事も無げに答える菖。
「じゃ、今回は桔梗が二番だ」
「あゝ」
「やっぱりな〜。で?」
 自分の鼻先に人差し指を向ける摩子。すかさず、
「摩子は圏外」
「がーん」
「少しは桃を見習えよ」
「何よ、それ。私だって、一年の問題なら上位にいくわよ。で、何番?」
 と桃子に聞く。隣で菖が代わりに答える。
「一番」
「うっそ」
 摩子の瞳が、お化けでも見るように目一杯見開く。
「俺が見てきたの。間違う筈ないだろ」
「ふ〜ん、桃子ちゃんって頭いいんだ」
 摩子が腕を組み一人納得していると、菖に頭を押さえつけられる。
「お前が出来なさ過ぎなんだろ。まじめにやれ」
「あ〜、無理無理。いくら勉強しても、すぐ忘れちゃうんだもん。万年赤点、今更気にしてないよ」
「莫迦。少しは気にしろ」
「うるさいな〜 菖がおりこうさんだから、私はいいの」
「変な奴──」
 そんな二人のやり取りを、桃子は幸せな気分で見守っていた。
(うん、実に面白い)

 それまで順番を貼り出されることのない学校にいた桃子は、全校生徒が自分の成績を知っているという事実に、少々腹立たしさを感じていた。
(何の為にするのかしらね〜)
 とにかく知らない生徒から次々と声を掛けられ、すっかり閉口していた。
「──十文字さん、凄いね。僕、佐伯徹。二組」
(ん!? まただ)
「家庭教師、何人つけてるの。教科ごとに変えてる? 塾には通ってるの? 今は何処の教師がお勧めなの…」
(うるさい)
 桃子の眉間に皺が寄る。その時、
「桃子」
 と桔梗の声がした。満面の笑みで振り返る。
「藤村さん」
「おっ。すっげ、美人」
 桔梗が、そう言って桃子を評する。
「何?」
「いやいや、何してるの?」
 近づきながら声をかける桔梗に、佐伯が頭を下げる。
「あっ、ども」
「誰だ?」
「そんな、佐伯徹です」
「あゝ中学まで二番だった奴。桃子が入って、また下がったのか。八つ当たりか」
「そんなんじゃない」
「じゃ、何の用だ」
 かなり凄みのある声で、威嚇しているようにも聞こえる桔梗の言葉。思わずたじろぐ佐伯の姿は、何だか蛇に睨まれた蛙の如く。
「いえ、用ってわけじゃ…」
「ほら見ろ。桃子、行こう」
 桔梗が、桃子に先を促す。
「はい」
 という言葉と共に、ふたりは肩を並べて去っていった。

「ほっとけよ、いちいち相手しなくていいから」
「そのつもりなんですが、どういうわけか、次から次へとキリがないんです」
「やばいな」
 桔梗の顔が曇る。
「何が?」
 桃子には、何がやばいのか、見当もつかない。
「みんなが桃子を知っちゃった。誰かに、取られない様に気をつけないと」
 聞いて、桃子が爆笑した。
「笑うと思った。ほっとけ」
「はい」
「お前はそういうとこ、冷たいよね」
「そうですか。でも私は藤村さんが思う程、もてませんよ」
(知らぬは桃子ばかりなり、だ)
 桔梗は、小さく溜息をついた。

 ふたりは、連れ立って生徒会教室へと入っていった。
「よ、一番さん。君のお陰で、僕は二番に転落だよ」
 桃子を確認するなり、一人の男子生徒が声をかける。桃子は、またか、と眉をひそめた。
「話すのは初めてだね。一年一組同じクラスなんだけれど、分からないよね。書記の椿慎一郎です。よろしく。ここまで完敗だと笑うしかないよ」
「十文字桃子です。お願いします‥」
 桃子の表情が、一瞬変わったことを桔梗は見逃さなかった。すかさず、
「何?」
 と、小声で聞くと、
「ここって、本当に生徒会教室だったんだな〜と思って」
「ブッ!」
 小さな声で答えた筈だが、絶妙のタイミングで摩子が吹き出す。
「ひっで! 当然だろう、俺、会長。桔梗は副会長だぞ」
 結構、マジで怒る菖に対し、桃子も真剣に答えてた。
「えっ、ホントですか?」
「あゝ」
 と桔梗が相槌を打つ。
「ご、ごめんなさい!! てっきり溜まり場かと思ってました」
 深々と頭を下げる桃子の肩を、ポンポンと叩きながら摩子が言う。
「桃子ちゃんの気持ちも分かるわ〜。菖なんて何にもやらない会長だからね」
「摩子、てめ〜!」
「きゃあ〜」

「──じゃ、定例総会の案件やろうか」
 ソファの後ろに落っこった二人をほったらかし、桔梗と椿はプリントをめくり始めた。

著作:紫草

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