第一章

理想郷

3

 古くから守られ続けた教えを、忠実に守る輩(やから)。多くの女生徒が、親からの教えを守るべく、此処にやってくる。
 とにかく菖に近づくために、まず桔梗を落とそうとする。
 そんな女たちだ。当然、顔はいい。賭けられるだけの金を使い整形してくる。身体も同様だ。そして、教え込まれた色仕掛けの、総てを使い桔梗に迫ってくる。
 しかし、どんなにいい女も桔梗を落とす事はなく、ただ怒らせるだけだった。
 そうして数多くの女達が、桔梗の、更には菖の身体の上を通り過ぎていった。
 だが、親たちは知らない。総てを仕込んだ娘たちが、全く相手にされていない事を。
 だからこそ娘たちが望めば、金に任せて島は変貌をとげる。ケーブルを引き、アンテナを立て、ヘリポートを造り、コンビニを開く。
 原則的に、外の人間は一年に一度しか島へ渡る事を許されない。
 だからこそ、子供たちが困らないように何とかしてやりたい、とルールすれすれの工事を進める。
 孤島といっても北海道並みの島だ。各々の親たちの我が子可愛さからの献金は、合わせれば億を下らない。どんどん近代化していく島。遂には、携帯電話が使用可能になった。
 この世の中、携帯がなくて困るのは、外の人間の方だ。ここでは、すべての場所に、インターネットを使用できるカメラ付きPCが設置されている。もとは災害用だったが時代が変わり、今では必要不可欠な情報網だ。
 でも贅沢三昧で暮らしてきた、お馬鹿な女どもに、それを、
「間違っている」
 と、言う事は出来ない。そして健気にも、ひたすら菖に振り向いてもらうのを待っているのである。
 何も知らない大人たちは、こぞって此処に入れたがる。
 お金と世間体と昔の栄華が総ての人間たちは、京極家の一族に入る事こそが、自らの繁栄を取り戻す一番の近道と思っているから。愚かな連中は、どこまでいっても変わることはない。
 では、男はどうか?
 これも女に負けず愚かしい。体に自信のある男たちは、女以上に真剣に菖に対し「愛している」と口にし、その体を差し出した。頭の中身は同じである。
 それでも此処に渡ってくるには、それなりの学力が必要だった。どんなに馬鹿だと思っても、此処に来るだけの成績だったと認めなければならない。此処は、東大並みの学力がないと入学が許されない。
 国を変える人物の教育。歴史上登場し名を残した、坂本竜馬だの、西郷隆盛だのといった人間を作る島。半端な偏差値じゃ駄目なのだ。
 だからこそ大人たちは、手始めに遺伝子から捜すのである。『あの』大学の法学部にしたとか。医学部がいいとか。海外からの遺伝子も大好評だったらしい。
 こうして、遺伝子レベルから作られた金持ちのご子息・ご令嬢は、塾や家庭教師、そしてお金を有効に使い、それなりの偏差値を確保して見事入学を果たす。
 親元を離れ、中学へは二クラス四十名。高校への新規入学者は五十名。これを中学からの持ち上がりの生徒と合わせ、三クラスに分ける。当然、退学者もいるので中途転校もいるが、この編入試験がバケモノ並みに難しい。
 それでも、少しの可能性を求めて受験する者もいるにはいるが、合格率は十%にも満たない。
 こうして此処で、大学なり、学院なりを卒業した生徒たちは、本土へ戻り国を変える筈だが、そんな気配は更々なく、現代は何も変わらず存在し続けていた。
 居場所を求めた彼らは、本土を捨て、またしても金に物を言わせ此処に戻ってくる。
 そして、諸々の産業を興すのである。
 自分たちが困ったからと大学病院を建て、二十四時間営業のコンビニエンスストア、ビジネスホテルという肩書きながら、ラブホ化していくそこかしこのホテル、レジャーが無いと言ってはカラオケBOXを造り、遂には「近くに住める」という理由から、此処に工場を建てた親もいた。
 ありとあらゆる贅を尽くし、存在する孤島。いにしえの郷。
 本土は此処を、侮蔑を込めてこう呼んでいる。
『夢の楽園』と。

著作:紫草

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