第二章

3

 新入生山科和樹(やましなかずき)は、同室となった小野美紀子に声をかける。
 寮に入って早一週間、その間、二人の会話は挨拶程度。その為、美紀子は殆ど逃げ出すように部屋を出ていて、突然の和樹の声にうろたえたほどだった。
「あ、ごめん。山科さんから話ってあると思ってなかったから、驚いた」
 仕方がない、美紀子は正直に思ったことを告げる。和樹は笑い出した。
「そうよね。今まで無視してたようなもんだから、仕方ないよ。スパッと言われて、私もちょっと反省した」
「そんなつもりで言ったわけじゃないよ」
 美紀子が複雑な顔をする。
「分かってる。ところでさ、小野さんは中学から此処にいる人?」
「ええ」
「なら知ってるかな、十文字桃子って人」
 美紀子の顔がパッと華やいだ。
「知ってるよ〜。有名だもん。藤村先輩の彼女でしょ」
 美紀子は、嬉々として桃子やその周りの人間について話し始めて、和樹が「もう、いいよ」と言うまでその話は続いた。
 一通りを黙って聞き、話が堂々巡りを始めたな、と思ったところで和樹は話を止め、最後にこう聞いた。
「何処に行けば会えるの?」
 一瞬、美紀子の顔に何?という思いが浮かぶ。
「どうして?」
 美紀子は、不思議そうに和樹を見た。
「嫌いなの、桃子って人。めちゃくちゃにしてやりたい」
 今度は、はっきり驚いた表情をみせた美紀子。
「えっ?!めちゃくちゃって、それどういう意味?」
 和樹は美紀子の態度を見て、クスッと笑うと言い放つ。
「気にしないで。小野さんには関係がないから」
 その時笑った和樹を見て、美紀子は何か背筋に冷たいものを感じたのだった───。
 同じ寮にいる、とは言えなかった美紀子である。

著作:紫草

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