第二章

5

 次の日の午後。和樹の方が、生徒会室に乗り込んできた──。
 部屋には、いつもの面々が揃っていた。
「誰だ」
 入り口に一番近かった慎一郎が尋ねる。和樹は、慎一郎の質問を無視し、
「十文字桃子って女、いる?」
 と、ぶっきらぼうに聞いた。桃子は突然名指しされ、扉に顔を向ける。
(誰だろう)
「あらら、すっかりお嬢様してんじゃん!」
 和樹が馬鹿にしたように、捨て台詞を吐く。
「?」
 慎一郎が、
「お前が山科和樹か?」
 と叫ぶと、皆が身構え一斉に和樹の顔を見た。
「あんた誰」
「椿慎一郎」
「雑魚に用はないんだ」
 慎一郎が「あ、そう」と苦虫噛み潰したような顔をした。
「そう言うなよ。それでも次期、生徒会長だぞ」
 そう言った菖に向かい、和樹が聞く。
「あんた誰」
 菖はすぐには質問には答えず、椅子を立って和樹の前まで移動してきた。そして和樹を見下ろし、答える。
「京極菖だ」
「あ、あんたが跡取り息子かぁ」
「もう当主だ」
 と意味もなく、訂正してしまう桔梗。
「あんた誰」
 再び桔梗に向かって聞いたところで、
「座れよ。皆のこと紹介してやるから」
 と慎一郎がソファを指した。和樹は慎一郎にそう言われ、部屋の中に入ってきた。

「で、なんの用だ」
 誰の言葉も待たず、菖が聞いた。和樹が菖と桃子の顔を確認し、告げる。
「こいつ、退学にしてよ」
 室内が静まり返った──。

「取りあえず、座ろうか」
 慎一郎が間を取り持つように、部屋の奥にあるソファにまず和樹を座らせ、向かいに菖と自分が座った。他の面々は会議用の折りたたみ椅子を移動させ、菖の背後に陣取った。
 特にお茶が出てくるわけでもない、菖はとっとと本題に入ろうとした。
 が、慎一郎が無言でそれを止める。そして、和樹に向かって、
「さっきの続き、聞こうか」
 と、切り出した。

「何故、桃子を退学にしなくちゃならない。桃子は退学になるようなこと、何もしてないよ」
 慎一郎は、出来うる限り優しい声で話しかけた。
「私、ヤバイ奴でしょ。たぶん、今日明日中には退学よね。でも、こんな危ない奴と姉妹なら、一緒にクビにしたほうがいいよ。何するか、わかんないしさ。あんた当主だろ。こいつも退学にしてよ」
 それに対し菖が答える。
「何故、お前が退学になるんだ?」
「だって見るからにヤバそうじゃん」
 そこで、和樹が少し腕を出す。
「悪いが、一つずつ言ってみてくれ」
「面倒くさくて言えっかよ」
「では却下だな」
「何だって?」
 和樹が、大きな声を出す。
 しかし菖は気にするでもなく、
「見るからにヤバそうだ、で退学なら、桔梗の方がよっぽどヤバい」
 誰もが、うんうんと頷き、当の桔梗も、
「だろうな。腰まである長髪に百九十を超える身長。加えて、馬だ、弓だとやっていれば何を言われても文句は言えん」
「馬鹿か、お前ら。これ見ろよ」
 と言って、和樹は刺青をしている腕を差し出す。そこには赤い“怨”の一文字。
「これが?」
「こんなもん刺してる奴を置いとく気かよ。何処でどんな奴らと繋がってるか、知れたもんじゃないのに」
 和樹は、まるで自慢話でもするように自分のことを話した。そう胸を張ってでもいるかのように。
 それでも、やはり菖は相手にしなかった。
「履歴に問題がなく、試験に通り、面接をパスしたからこそ合格通知が届いたのだろう。今更、それは意味を持たない」
「・・」
 和樹は言葉を失った。そんな和樹を見て、慎一郎が声をかける。
「姉である桃子を退学にする為だけに入学するには、此処は難し過ぎるよ。君自身、相当な努力をしたんだろ。特に、聞いていた環境をすれば独学だろうし、なのに自分から退学なんて言うなよ」
 菖も、慎一郎の言葉に頷き、
「そうだな。見るからに、で言う刺青も服装も此処では問題ではない。まぁ、犯罪者というなら話は別だが」
「そんなこと絶対ない!」
 それまでじっと聞いていた桃子が、すかさず叫んだ。
「父が我が子にと望んだ子が、罪を犯すなんて有り得ない」

「何だよ、エラそうに。あんたのせいで、お父さんは死んだのに」
(えっ!?)
 和樹の言葉に、桃子は目一杯驚いた。
「知っているの?! 父さんは、どうして死んだの?」
 桃子は椅子を立ち上がった。
「何だよ、ほんとに知らないの?」
 和樹の方も桃子の様子に面食らったようだった。ひとまず、桔梗が桃子を座らせた。
「わからないの。どうして父さんが死んだのか。思い出そうとしてもわからない。私のせいって!? 何。私、何をしたの・・」
 決して涙を見せているわけではない。桃子が泣いていないことは、皆判っている。
 しかし皆の心には、桃子が全身全霊をかけて泣いている声が聞こえていた。
 ──桃子の様子に、誰も声をかける雰囲気ではなくなった。

著作:紫草

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