第二章

6

 随分時間がたって、声をかけたのは和樹だった。
「本当に憶えてないの?」
 桃子が、ゆっくりと顔をあげた。
「うん。葬儀のことや、私たちが離れ離れになった日のことは憶えている。でも父さんが何処で亡くなったのかも分からない」

 和樹は、怒りをあからさまに桃子にぶつけた。
「全く何だよ、それ。それで何か、今まで、ぬくぬくとお嬢サマしてたってわけだ。お気楽なもんだなぁ」
 その言葉を聞いて、桔梗が和樹の前に立った。
「俺の名は藤村桔梗。多分誰よりも桃子のことは知っている。和樹さん、訂正してくれないか。桃子はお嬢様と呼ばれる待遇で生きてきてはいないよ。もし、そう呼ぶに相応しい人がいるとすれば、それは君たちのお母さんだ」
 言うだけ言って桔梗は桃子の隣に戻った。和樹は桔梗の雰囲気にのまれ言葉が出ないようだったが、暫くすると怒鳴りつけた。
「何馬鹿なこと言ってるのよ。お母さんがお嬢サマな筈ないじゃない。いい加減なこと言わないで!」
 桃子は何も言わず下を向いた。桔梗がポンポンと背を叩き、小さな声で、
「話すよ」
 と桃子に言う。桔梗の顔を見た。確かに、きちんと話す事が一番早いだろう。
 しかし桃子にそれは出来ない。ここのメンバーにも桔梗の言葉で話し、桃子が説明を加えた。今回も同じことをする、という桔梗の言葉と桃子は受け取った。
 そして桔梗が、いざ、と思った時、
「俺が話すよ」
 口を開いたのは菖だった。桃子が驚いて顔をあげた。
 桔梗が耳打ちする。
「後で、ゆっくり話してやる。今は菖の話を聞こう」
 桃子は黙って頷いた──。

「何から話せばいいかな」
 菖が誰にともなく聞く。
「父の死の真相も分かるんですか?」
 桃子が身を乗り出した。
「分かるよ、だいたいなら」
「では、その話を」
「それには桃のお母さんのことから話さないと、な」

 桃子の母、十文字雅(みやび)には人間として欠陥があった、と祖父、十文字良之介(よしのすけ)が言う。

著作:紫草

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