大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
迦楼羅は、まだ眠っている――
どうして、あんなことになってしまったのか…
今更、何を言っても始まらない。
今はただ、早く目覚めろと願うばかりだ。
あれは三日前の夜のこと。
月夜の明かりに外は明るかった。
いつものように、おばあの処で食事をし話を聞き、それぞれの塒(ねぐら)へと帰ってゆく。
迦楼羅も同じように、帰ってきた。
そして、その夜のおばあは、いつもと違う話をしたとやってきた。
山の上の神様の話し。
四つの場所の守り神の話し。
そして露智迦と伽耶は天の人だという話し。
目を輝かせ、迦楼羅は聞く。
「天は、どんな処? 今も行くことができる?」
幼さの抜け始めた迦楼羅に、今夜泊まっていいかと聞かれ、帰れと答えた。
流石にヤバイ。まだ子供だろう。否、絶対…ではないかもしれない。
長が、共に暮らせと言った。
あれには、どんな意味がある。
このところ、そればかりだ。
―お前らしくない。そんなに気になるなら、長に直接聞いてみればいい。
散々言われて、耳に残る伽耶の言葉が蘇る。
露智迦と伽耶のことを、おばあが話した。
迦楼羅を自分のものにしてもいいと、言ってくれたのだろうか。
眠れない夜は続く。
「そろそろ限界だ」
露智迦の呟きが、女の声に消えた。
誰かに襲われてる!
露智迦が、そう実感した時、身体は素直に迦楼羅の許に跳んでいた。
夢だと思っていた。最近の悩みが見せている夢だと。
悩みすぎて、夢で迦楼羅を抱いたのだ、と。
何故なら、露智迦は自分の意思の中では身体を移動することは出来ない。本能が、自分の制御できる以上の力でも使わない限り、瞬時に移動するなんて不可能だったのだから。
我に返った時、迦楼羅の泣き顔を見て夢ではないと初めて知った。
女を抱いて、うろたえたのも初めてだ。
相手は迦楼羅だ。
まだ十の年を越えたばかりの、女というには若すぎる女の子。
それでも怯えて泣いているのではない、ということだけは分かっていた。
だからこそ、翌朝目覚めないとは思いもしなかった。
迦楼羅の母親に襲われて迦楼羅の許に跳びましたとは、情けなくて自分を責めた。
「焦るな。必ず目覚める。きっと眠って大人になってる」
伽耶は言う。
それでも不安は消えなかった。
母親は、おばあが連れていった。
何処に連れていったのかは誰も知らなかった。
「迦楼羅。早く起きろよ」
日々、迦楼羅の傍らで声をかける。
「責めてくれた方が、ずっとましだ」
四日目の夜が来る。
今夜も、まだ月明かりで外は明るい。
おばあに、仕事を譲ると言われた。
人とのこと。天のこと。そして自分のこと。
何を話しても、露智迦の自由だとおばあは言う。
「迦楼羅は初めて母の視線から解放されて、ゆっくり眠っているのだろう。好きなだけ寝かせておやり。決して起こしてはならぬ」
何時まで待てばいいのかは分からない。
でも、待つしかないと皆が言った。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】