大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
「露智迦。見ろ」
露智迦は伽耶のいう方を見る。
「…何だ、これは」
迦楼羅が眠ってから十日が経っていた。つまり露智迦と迦楼羅が契ってから、十日が過ぎたということだ。
この日、ふたりは山の災厄を祓う、長の祷りの為の祭壇を作っていた。
均等に切り作った木を五本、五画に置きながら組んでゆく。膝の高さになった頃、露智迦が伽耶に言い、中央に火の種を入れる。
本来、火の種には長が焔を燈さなければ、火は熾らない。
しかし、今、入れたばかりの焔のない火の種に燻りが起き始めた。
迦楼羅の力は発動していた。
力… 火を操る者、火龍。
眠っていても、その力は育っているということか…
「露智迦。帰れ」
次の瞬間、露智迦は迦楼羅の許へ駆け出していた。
「漸く、目覚めがくるか」
伽耶が火の種に、火の燈ることを確信する。
「迦楼羅。覚醒したら、この郷を焼き尽くすか?」
遂に、この郷に南を治める者が覚醒する。
目覚めた直後の力は、制御が利かないだろうと朱雀は云った。伽耶は一抹の不安を抱えながら、長の許へ向かった。
郷を駆け抜けた先に、迦楼羅がいる。露智迦は、何も考えず走った。
あの美しい瞳にもう一度見つめられるなら、何を捨ててもいいと思った。
天から下りてきた我等に、郷を守る義理はない。
「迦楼羅!」
家に入ると、間もなく目覚めようとする迦楼羅がいた。
よかった…、まだ間に合った。
「迦楼羅。起きろよ。それで行きたい処へ行って、やりたい事をしよう」
郷に居る皆を嫌うわけではない。
しかし、人である迦楼羅の母を許すことはできない。もし、このまま目覚めなかったらと考えた時、露智迦は決心した。
もし迦楼羅の力が郷を焼き尽くしても、それが迦楼羅の意思なら露智迦は見守ろうと。
水の龍と火の龍。
迦楼羅は人として生まれ変わり、露智迦は天界から下りてきた、天と地を繋ぐ滝の水脈を通って。
何も憶えていない迦楼羅。思い出す記憶のない迦楼羅。超常力ともいうべき力こそ、身に潜めていたが人の本能がそれを抑えていた。
それでも露智迦は、彼女を手放す気はなかった。
目覚める、迦楼羅が。
最初の言葉は何だ。
体の内にある火の種が、何かをするだろうか。
迦楼羅…
「好きだ。早く起きろよ――」
露智迦の指が迦楼羅の頬を撫でた…。
迦楼羅の目が覚めるのを、今はただ純粋に待つ露智迦である。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】