大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
天界。
「一体、どういう心算で呼び戻した。その上、ザキ−レを送ったとは何を考えてる」
男は開口一番、天帝に向かい声を荒げた。
「ちゃんと意味はある。お前の力が必要なんだ」
天帝は、そう云いながら男の前に立つと抱きついてきた。
「おい、アニヨン。仮にも天帝だろ。泣き言を云うな」
男が、天帝の頭を撫でる。
「仕方がなかった。今、此処が消えてなくなるくらいなら、お前に恨まれても呼び戻そうと思ったんだ」
男は、天帝の言葉に耳を疑った。
「消える? それはどういうことだ」
「分からない。ただ、今のままでは此処を支えているのは無理だろうと云われたんだ」
「誰に」
「おじいに」
天帝が“おじい”と呼ぶのは一人だけ。副帝だ。
「お前、一体何をしたんだ」
「リューシャンが…」
「リューシャンがどうした?」
「操り人形みたいになってしまった」
リューシャンとは、この天界では特別な存在だ。彼女は別の世界から、シヴァ神と共にやってきた。ザキーレはその時に付いてきたリューシャンを守る男だ。その彼を地上界に送るなんて、何を考えてるんだ。
しかし、その問題は後だ。
リューシャンが、どうなったって?
「もう以前のように、口喧嘩もできない」
あんなに可愛がっていたリューシャンに、何があったんだろう。男は、天帝が自分の胸で泣くのを、ただ静かに抱き締めていた。
「サクジン… 私を助けろ」
天帝の悲痛な叫びは、男の心に強く響いた。
地上界に送られたザキーレ、間もなく産まれるであろう赤子、そして天界。
サクジンは天帝の許に残ることを決意し、地上界を伽耶とザキーレに任すことにした。
リューシャンの姿はサクジンに、それを決意させるに充分な変貌を遂げていた。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】