大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界8』
露智迦1

 月は満ちてゆく。

 人の世界の時は早い。
 露智迦は日々大きくなってゆく女の腹に、郷の女たちが触りにやってくるのが不思議だった。
「仕方が無いさ。この世界は子孫を残すことが一番大切なんだ。天帝が創るわけではないからな」
 最初に伽耶がそう教えてくれた。
 それでも、この陽気な集落に打ち解けるには時間がかかりそうだった。突然、下りてきた露智迦は、人の輪に入るのを躊躇っていた。
 それを伽耶が上手く付き合わせる。
 狩りや酒の席や祭や神事。人は大切なものを沢山持っていると教えた。

 長老が此処での全てを管理していると言うものの、実際動いているのは伽耶のようだ。天界でも此処でも、いつもマメに動く奴だと感心する。
「サクジンは戻って来ないつもりだな」
 ふと伽耶が口にした。
「やはり、そうか」
「天帝は、また何かしたんだろうな」
 暫く天界に戻ることのなかった伽耶は、上での様子がまるでつかめないと言う。だからといって露智迦にも、天帝のことが分かる筈はなかった。
「天帝とは相容れぬ」
 ぶっきら棒に言う露智迦に、伽耶が苦笑いを浮かべる。
「それも仕方が無い。お前は天帝が生んだものではないから」
 伽耶の言葉は露智迦を自由にする。
 此処にいる限り、露智迦は自由だ。
 しかし此処にいる限り、一番欲しいものは手に入らない。

 やがて月満ちる。
 女は、可愛い女の子を産み落とした。
 その赤子を見た刹那、露智迦の中のザキーレという記憶が蘇った。伽耶もまた、赤子を見てリューシャンの生まれ変わりだと判断した。サクジンの残した血なのだろうか。
 赤子は、おばあが“迦楼羅”と名付けた。
 父のいない迦楼羅を育てる。
 女は長老に「露智迦と暮らしたい」と願い出た。誰もが、その父が誰かを知っている。長老はおばあに相談し、伽耶に見守るよう伝え、隣に小さな小屋を建て露智迦が住むこととなった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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