大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
月は満ちてゆく。
人の世界の時は早い。
露智迦は日々大きくなってゆく女の腹に、郷の女たちが触りにやってくるのが不思議だった。
「仕方が無いさ。この世界は子孫を残すことが一番大切なんだ。天帝が創るわけではないからな」
最初に伽耶がそう教えてくれた。
それでも、この陽気な集落に打ち解けるには時間がかかりそうだった。突然、下りてきた露智迦は、人の輪に入るのを躊躇っていた。
それを伽耶が上手く付き合わせる。
狩りや酒の席や祭や神事。人は大切なものを沢山持っていると教えた。
長老が此処での全てを管理していると言うものの、実際動いているのは伽耶のようだ。天界でも此処でも、いつもマメに動く奴だと感心する。
「サクジンは戻って来ないつもりだな」
ふと伽耶が口にした。
「やはり、そうか」
「天帝は、また何かしたんだろうな」
暫く天界に戻ることのなかった伽耶は、上での様子がまるでつかめないと言う。だからといって露智迦にも、天帝のことが分かる筈はなかった。
「天帝とは相容れぬ」
ぶっきら棒に言う露智迦に、伽耶が苦笑いを浮かべる。
「それも仕方が無い。お前は天帝が生んだものではないから」
伽耶の言葉は露智迦を自由にする。
此処にいる限り、露智迦は自由だ。
しかし此処にいる限り、一番欲しいものは手に入らない。
やがて月満ちる。
女は、可愛い女の子を産み落とした。
その赤子を見た刹那、露智迦の中のザキーレという記憶が蘇った。伽耶もまた、赤子を見てリューシャンの生まれ変わりだと判断した。サクジンの残した血なのだろうか。
赤子は、おばあが“迦楼羅”と名付けた。
父のいない迦楼羅を育てる。
女は長老に「露智迦と暮らしたい」と願い出た。誰もが、その父が誰かを知っている。長老はおばあに相談し、伽耶に見守るよう伝え、隣に小さな小屋を建て露智迦が住むこととなった――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】