大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
天界、金の海。
金の海原へは誰も近づかぬ。
だからこそ、そこに近づく者があると、すぐさま連絡が入る。
「何だって?」
サクジンが、エレという役人から告げられた言葉に疑問符を突きつけた。
「金の海へ、リューシャンが向かったと」
「間違いはないのか?」
天帝には聞かせたくなかった。
しかし、報告しないわけにはいかない。重い足を引きずって、天帝の許を訪れると、すでに彼はこの事実を聞かされていた。
彼は、ナーリアという天界の要の者と一緒に控えている。
「アニヨン。ナーリアをどうする心算だ」
「連れてゆく。こいつにも見る権利はある筈だ」
そう云って、二人は部屋を出てゆく。
ナーリアは天界の要だ。彼女がいなくなれば、すぐさま、次の要の者を選ばなければならない。
今の天界にそれができるのか、サクジンは後顧の憂いを残す。
人の世と自由に行き来する天界、そんなものを創る必要があったのだろうか。天帝は一人の男となり、リューシャンを自分のものにすればよかっただけではないのか。
どんな言い訳をしながらも、リューシャンを愛したアニヨンに罪はない、とサクジンは思う。
暫く戻っていなかった筈の伽耶が、リューシャンを連れ出した。
この事実は何を意味するのだろう。
「アニヨン。お前、リューシャンを地上界へ送るのか」
「それは私が決めることではない。リューシャンに生きる意志が残っていれば、あるいは彼奴の力なら人としての生まれ変わりも可能かもしれない」
初めて見る天帝の涙は、リューシャンが人として無事に生まれ変わることを望んでいるという涙だろうか。
嫉妬に狂った天帝が、ザキーレの片腕を切り落としたのだと聞いた。その後、人の片腕を与え、自分と入れ替わりに下へと送ったのだと。
急ぎ向かった金の海で、リューシャンは伽耶に手を引かれ見えぬ筈の橋に立っていた。そして何の躊躇もなく海原へと落ちてゆく。
彼らのその後がどうなったのか。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】